私は女である。名前はまだない。
どこで生まれたのか頓(とん)と見当がつかぬ。気が附けば何かを食べていた。それしか記憶にない。
私は常に腹を空かしている。なぜかはわからぬ。とにかく常に空腹である。
私に好き嫌いはない。なんでもかんでも食べる。何を食べているかもわからず食べる。食べていることにも気づかぬほどに、始終食べ続けている。
ある時、ふと、何を食べているのか気になった。
よく観たら、それは……
――「人間」であった。
しかし、それがなんだというのだろう。私の食欲は止まらぬ。腹が空いているのである。何かを食べずに生きては行けぬ。
私の食糧となった「人間」は、私の血肉となって私の中で生き続ける。それでよいではないか。なんの不都合があろう。
ある時、ふと、食べ続けるだけの生活に飽きを感じた。
何か他におもしろいことがあるのではなかろうか。そうして辺りを見回すと、「人間」たちが楽しそうに遊んでいるのが見えた。
当初は遠くから眺めているだけで満足であった。しかし、次第にそれだけでは飽き足らなくなった。私も一緒に遊びたい。
そこで、「人間」たちの中に飛び込んでみた。そしたら「人間」たちは、蜘蛛の子を散らすように逃げてしまった。……わけがわからぬ。
仕方なしに、食糧としてすでに死んでいる「人間」で遊んでみることにした。これはこれでなかなか楽しかった。だが、何かしら物足りぬ。やはり、生きている「人間」でなければ駄目なのだろうか。
しかし、「人間」を生け捕りにするのは難しい。私の手が触れた途端、「人間」は死んでしまう。「人間」というものは、なんとも脆弱(ぜいじゃく)なものである。
つまらぬ。
「人間」たちはあんなに楽しそうにしているというのに、どうして私だけがこうもつまらぬのか。どうして私だけが「人間」たちの仲間に入れてもらえぬのか。
と、捕獲し損ねた「人間」に問うてみた。すると、おまえが「人間」を食べるから、という答えが返ってきた。
「人間」を食べなければ仲間に入れてもらえるのだろうか。しかし、食べずには生きて行けぬ。
飢え死にしてまで遊ぶことなどない。生き続けることの方が重要である。しかし、ただひたすら食べ続けることは、果たして本当に「生きている」と謂(い)えることなのだろうか。
いつになくそんなことを考えながら「人間」狩りをしていると、不意に身内が震えた。
必死の形相で逃げ惑う「人間」たち。彼らを駆り立てる私。
ああ、私、仲間に入っているではないか! これが「生きている」ということなのかもしれない!
しかし、「人間」に触れた途端、胸を締め附けていた「何か」は別の「何か」に変わってしまった。手許にある「人間」は、先程まで動いていたのが嘘のようにぴくりとも動かぬ。
腹の虫が鳴く。
視界が霞む。
腹の虫が叫ぶ。
頬が濡れる。
私は「人間」を食べた。骨一本、血一滴、残さず食べた。
いったいいつになったら満腹になるのだろう。食べても食べても腹が空く。
このまますべてを食べ尽くしてしまうのではなかろうか。そうして、いつしか、私ひとりになってしまうのではなかろうか。
いや、もうすでに私はひとりなのだ。私の周りには誰もいない。誰もいなくなってしまった。
誰もいなくなってしまった? 誰かがいた例しなどあっただろうか。
最初から誰もいなかった。だから「人間」を食べた。そうすれば、私はひとりではなくなるんだと思っていた。
食べることなどなかったのだ。いくら食べても、この飢餓感が癒されるわけではないのだから。いや、食べるからこそ、より激しい飢餓感に襲われるのである。
ならば、私は食べぬ。
自由気ままに「生きている」「人間」を見守っていよう。腹の虫を宥(なだ)ながら、じっと見守っていよう。
それが私の「生きている」なのだ。彼らを食べた瞬間、私も「死ん」でしまうのだから。
私はもう何も食べなくてよい。
私は女である。名前はまだない。これからも名附けられることはないだろう。